西荻人がたむろするほろ苦コーヒー喫茶店
最近読んだ本「日本のコーヒー生活」の中で、日本独特の喫茶店文化が、ボストン大学の人類学者メリー・ホワイトによって詳しく紹介されている。ホワイト教授が書いたような、常連客のためにマスターが自焙煎豆で一杯ずつ丁寧にコーヒーを淹れる小規模な喫茶店が、西荻窪には多くある。
どんぐり舎(や)はそのひとつだ。
どんぐり舎は、1974年から西荻駅の北側から入った細い道沿いにある。趣のある木造の建物は、現在のマスター、河野三郎さんのお父さんが務めていた建築会社が建てたもので、初めから建物のこの一角は喫茶店にするつもりで建てられたそうだ。
喫茶店を始める際、その頃流行りのジャズ喫茶も考えそうたが、オーディオなどの機材代もばかにならないし、コーヒーが大好きだったことを考えると、やはりコーヒー店で、とスタートしたそうだ。とはいえ、店内に流れるのはほとんどジャズ。ただ、朝はクラシックを流すこともあるそうだ。
河野さんが店長になる前は、彼のお兄さんが店長だった。小さな窓、丸いアルコーブ、味わいのあるしっかりとした木製のベンチとテーブル。こんないろいろなものたちが、快適な雰囲気を作り出している。かかっている絵画たちは、テーブル間の視線をちょうどよく泳がせてくれる。そして、会話にプライバシーの空間を提供してくれる。多くの装飾品は西荻の有名なリサイクルショップで購入されたものだそうだ。
メニューは木の板に手描きされたものだ。一番人気は、もちろん、自家焙煎のほろ苦ブレンドである。これはお兄さんが作られたもので、そのころからずっと変わらないそうだ。そして、やはり人気のスナック、ボリュームたっぷりのピザトーストは河野さんのお姉さんの考案だそうだ。今は禁煙の喫茶店も増えたが、ここでは煙草の煙も雰囲気の一部である。どれもが40年前と変わっていない。
河野さんは言う。「地元の人をターゲットにしたい。」「よその人にはよそのコーヒー店があるから。」西荻は、ここのところ、中央線の観光地の一つになりつつある。しかし、河野さんは、「地元」にこだわっている。
「ここのお客さんは10代から高齢者までいろいろ。でも、八割の客さんは常連客ですね。音楽関係、俳優さんも来ますよ。」ただ、常連客の様子には変化もあるようだ。「40年の歴史があるので、あの頃20代だったお客さんはもう60代。家族で来る方もいらっしゃいますよ。それに、昔は若い男の人ばかりだったけど、今は男性より女性が多くなりましたね。昔は中が暗いので、女性が入りにくかったんでしょう。女性は、特殊な、例えばイラストレーターとか漫画家さんが来るぐらいでした。」
常連客同士での会話もあるそうだ。相席をお願いしても、だいたい大丈夫。「昔は黙ってるお客さんも多かったけど、最近は絵もあって、目と目が合わないので逆に会話しやすいんじゃないかな。」と河野さんは言う。
「どんぐり舎」は西荻人がたむろするのにうってつけの喫茶店のようだ。(ファーラー、木村、7月21日2015年)