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「船から箸へ」の居酒屋料理

世界の料理界で「農場からフォークへ」(farm-to-fork)という新しい表現がある。魚をベースとした日本料理界ではさしずめ「船から箸へ」とでも言おうか。「農場からフォークへ」の理念は新鮮でおいしい材料を使い、それによって現地の農家を育成し、持続可能性な環境を支援していくことだ。 「船から箸へ」の目標も同じでなければならないだろう。客に新鮮な魚を提供する。そのためには地元の漁師を支援し、持続可能な漁業に焦点を当てるべきである。よく知られているが、日本でこの「地産地消」運動の代表的存在は、ナリサワ(世界のベストレストラン50の18番)のような高級レストランだ。私たちが今年七月、シェフ成澤由浩にインタビューした際、彼は漁師から魚を「直接」購入することにこだわり、築地の魚市場さえも避けていると語った。彼は全ての食材をできるだけ近いところからダイレクトに入れている。

 

小さなレストランをナリサワのような高級レストランの基準にもっていくことはかなり難しい。 しかし、ナリサワ的地産地消の厳しい基準を満たしているシェフの一人が、西荻窪で店を開く河内昌彦(かわうちまさひこ)さんだ。 出身地の新潟から地元産の魚を買うだけでなく、自ら東京近郊の海で釣った魚を調理し、客に提供している。正真正銘の「船から箸へ」のシェフである。

 

河内さんが経営している小さな居酒屋は「べたなぎ」という。賑やかな西荻窪駅周辺からかなり離れた場所にあるが、いつもお客でいっぱいだ。この店の個性は「魚をこよなく愛する店主」の釣る魚である。もちろん、高級ダイニングレストランではなく、地元の常連客が好んで通う、本当に近所の食堂だ。

 

一目見て「がたいがいい」と思わせる店主の河内さん。出身は新潟県村上市出身の四十代後半である。十七歳で上京し、料理人として修業を積んだ。

「一人っ子で自分で料理とか作り始めたのがきっかけで思ったんじゃないかなー。初めは千葉です。千葉で中華料理です。」

インタビュー中、ちょうど夜の仕込みで餃子を作っていた河内さん。なるほど、餃子を包む手つきが堂に入っている。

「中華の後、二十歳の時からずっと―っと和食の店で。それは池袋。知り合いのつてなんですよね。そんときは飲みに行っていたところのおやっさんに和食やりたいんだって言って、紹介してもらったんですよね。」

池袋の和食屋は大きな会社で、そこでいろいろな和食の経験を積んだ。

「そうっすね、あのおっきな会社だったからいろんな店があったけど。生け魚料理とか、割烹料理も居酒屋もあったから、そこを何カ月かごとに回って。」

自分の店を持ったのは、八年前、三十九歳のときだ。いずれは自分の店を持ちたいと思っていたのか。

「うん、まあ、どっかにはあったっすね。体動く元気なうちに、やりたいなって。だから四十前でやろっかと思ったんですね。いろんなところで探してて居抜き物件があったので。」

 

「うーん、最初は苦労したからねー。最初の半年くらいは、オレ、給料なかったっすよ。うちに持って帰るお金がないから、お魚がいつまでももたないじゃないですか、それを持って帰って食べろと。それが給料。大変でした。」

ご家族は奥様とお嬢さまがお二人。

なかなか厳しいスタートだったが、徐々に家族連れやお酒好きのお客が来店するようになり、その来店したお客の口コミで徐々に常連客が増えていった。

現在は河内さん他、正社員一人とかわるがわるやってくるアルバイト三人で店をきりもりしている。みな、もとはべたなぎのお客で近所に住んでいるそうだ。河内さんも西荻在住かと思いきや、住まいは西東京市。店には車で通っているとのこと。

「車で通っています。十キロメートルぐらいです。ここに来るのは車です。毎朝、そうです。」

車通勤のため、河内さんは店では一切アルコールを口にしない。そして…

「仕事終わってそのまま釣り行くし。で港で寝て、ぼろぼろになって帰ってきて、ここで寝て、帰る。ちょっと魚片付けてから(笑)。さばいていから。休みの日も仕事以上に仕事ですよ。全く寝ずにやってます。 」

自らの運転で自ら漁港へ行くのである。そして釣りをする。そう、河内さんは、趣味で釣った魚を出しているのではない。仕事の一環として釣りに行き、その魚を店で出しているのだ。

「釣る日によって釣れるつれないがあるから。毎週行ってます。木曜日。木曜日に釣りに行って金・土・日に釣り物があるよって。この前、鯵(アジ)丼食べたよね。あれが横須賀沖で釣ってきた。」

「釣り場は、釣り物によりです。鯵は東京湾。鯵はうまいっすよ。金谷(かなや・千葉県金谷港)の鯵か走水(はしりみず・神奈川県走水港)の鯵かって言われるくらいで、関東ではピカイチっすよ。」

釣ってるもの以外の魚は、築地か川崎の市場から買ったり、河内さんの田舎の漁師さんに頼んでいる。

「いいのが獲れそうな時期はおまかせで十キロ頼むようにしてて。新潟、佐渡。佐渡はおいしいのは、真鯛(マダイ)がおいしい。真鯛もとれる、ヒラメもとれる、うん、おいしい。あとは北にしかいないソイって言う魚。」

 

魚のこととなると饒舌になる河内さん。魚についてどこで学んだのかをうかがった。

「あの、ぼくはですね、魚、すごく興味あるので、今まで人生かけて勉強したんですね。今の時期のここの魚はおいしい。脂がのっている、とか。例えば、みんなが真鯛は四月って言うけど、じゃあ、三月と五月じゃどう違うのか、とかね。んじゃあ、季節は一か月ぐらいズレはあるけど、海は一緒に季節が来るのって考えたら、海は一か月くらい遅れて季節が来る。いつがほんとに…、九州の鯛はいつがおいしい、千葉の鯛はいつがおいしいっていうの考えるようになったら、もう、調べたくってしょうがなくなって。で、自分が行けるところだと行ってみてね、釣ってみてさばいてみて、最高にしめ具合がいいので試してみて、あ、ここのはそうでもないなぁとか、こっちのはうまいね~とかやってます。」

なんと、実戦を重ねて魚を研究をしてきたのだ。

 

「今一番おいしいは、静岡の初島って言う島があるでしょ、そこのイサキ。あとは東京湾のコチ。八月ベストは今言ったコチなんだけど。釣り物としては、あと、太刀魚(タチウオ)をよく行きますよね。あれは浅場で釣れるんで、けっこう型も出るんで(大きいということ)。あとはクロムツ。クロムツは洲崎の沖ですね。城崎が見えるところですね。常盤の太刀魚は一本三千円ですよ。今獲れなくて。市場には出てるけど。買えない。瀬戸内とか大阪湾は多いっすよね。秋においしいのはカワハギでしょ。秋冬はカワハギ。あとはイシダイ真鯛も。真鯛はそっから春までずっとおいしい。ヒラメもおいしくなるね。春おいしいのは、真鯛ですね。真鯛をやって、だんだん、春から初夏になると(あじ)ですね。今は鯵。ぼくがよくいく鯵の釣り場はね、一年を通じて他と比べて絶品なんです。だから困ったら鯵って。うん。走水。神奈川。横須賀です。」

 

狙う魚は研究成果をもとにしてその時期ごとにきっちり変えるのだろうか。

「お客さんのうけとか、リクエストとか、『あー、食べれなかったー』とかあると、ああ、今週もじゃあ、それこそ鯵、行こうかなぁとか。喜んでもらえるとね。自分の好みで釣るのもあるよ。」

仕事一辺倒ではなく、たまには楽しみでも釣るそうだ。

「釣り人は引きを楽しみたいから、たまにはね。お店忘れてまぐろ狙いとかね。でも、キハダマグロとか、ここに(メニューに)載したくないわけですよ。あのー、まぐろの中では脂がのらないまぐろなんで。普段ホンマグロ使っている以上、お品書きにキハダ、釣り物って書いたところでね、食べれば『あ?違う』って言われるだけだから。だったら、加工して使うんだったらいいんだけど、でかいじゃないですか。工場じゃないんだからツナ缶作ったところでね。ツナの材料だから。油たして煮るわけですよね。あれは。」

釣りにはお客達と行くことも多いそうだ。

「お客さんが、今週どこ行くの?って聞いて、あ、そこなら、じゃあ、おれも行く!ってなったら一緒に。そうそうお客さんと一緒に。一人で行くのは月に一回くらい。あとはだいたい誰かと。船は乗り合いです。知らない人と。もう、お友達いっぱいできちゃって。『あ、べたなぎさん!』って言われて。船に乗れるのは二十五人ぐらい。釣り物によります。鯵だと、船が出るのが七時半。今週、明日あさっては金目(キンメダイ)釣りに行くんですよ。キンメダイは三時半集合で四時に出るのかな。網代(あじろ)まで行くんですよ。静岡の伊藤の。二時間かかるので。なので、お客さんに帰ってくれって言って(笑)。もう行かなくちゃいけないから帰ってくれって言って帰ってもらうんですよ。一時くらいには出ないと間に合わないから。すごい体力ですよね。ぼくも頭下がります(笑)。そう揺れる船の上で踏ん張るのでインナーマッスルが。足腰はすごく強いと思いますよね。目方もでかいけどね。」

「ぼくは『魚検定』ってのも受けて。今月なんですよ、一級のテストは。『とと検』文化的なものです。それはね、なんだろう、魚検定委員みたいなのが勝手に作られていて、スポンサーはね、あの、かまぼこの…あ、マルハニチロ。スポンサーだね。」

徹底的に魚を追及している河内さんだ。

 

店主御自ら魚を釣りに行き提供しているが、経営的にはどうなのだろうか。

「まあ、おかげさまで、贅沢はできないけど子育てもできてるから順調なのかなーって。おかげさまで。店舗拡大?いえ、全く考えてないです。そうっすね。席は二十二~二十五くらいです。お酒ベースですよ。だってこれ、全部ボトルですよ。一升瓶ボトルですよ。焼酎です。日本酒は常温で置けないから冷蔵庫が間に合わない。日本酒は一杯二杯、で、あとはボトルで。最初にビール飲んで、日本酒飲まない人はそのままボトルで。ビール、ほんとちっちゃいの飲んで、日本酒を一杯飲んで、ボトルって。ま、焼酎はリーズナブルだし、毎日飲めるし。あとは割り方次第で自分の味で飲めるじゃないですか。烏龍茶で割ったりとかお湯で割ったりとか。日本酒?いっぱい出ますよ。うちはいっぱい日本酒も出ますよ。」

 

最後に、河内さんは釣りの道具と釣った獲物の歯も見せてくれた。

「鯛の歯、かったいですよ。これ、鯛の歯ですよ。すごいんですよ。これは石鯛。これが六キロ。これは真鯛、こっちは石鯛。石鯛は貝をサザエとかをバリバリ噛むんですよ。鯛は海老とかも食べるし小魚とかも食べるし、生きた魚を食べるからこんな歯なんですよ。これは砕く。これはすりつぶす歯。指、潰れますよ。」

魚の話をうかがっていたら、インタビューは永遠に続くだろう。

 

河内さんの客はほとんど西荻窪の住人である。美味しい料理の口コミに惹きつけられ、常連客になる。だからだろう、河内さんの魚愛に感染させられる客も多数。 木曜日、彼と共に釣りに出る客も多い。べたなぎはミシュランの星こそ持ってはいないが、「船から箸へ」の料理を堪能するため、暑さ寒さの中でも西荻駅からてくてくと歩く価値が十分すぎるほどある店である。(ファーラージェームス、木村史子、9月1日2018年)。

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