東京のウズベキスタンワイン店
西荻の歴史ある酒場「柳小路」は、タイ居酒屋ハンサムが十五年前に開店して以来、ちょっとした異文化体験の場となっている。タイ料理、沖縄料理、ドイツバー、韓国料理、バングラデシュ料理…。海外の食文化をテーマにする料理屋やバーが次々に開店していった。しかし、ここを訪れる人々は、様々な料理を試してみるのと同時に、いろいろな人間を「試してみる」こともできるのではないだろうか。
柳小路の店舗は長屋建築で、一階のバーは四~五人の客がぎりぎり入れるほどのスペースしかない。この人と人との距離は客同士が会話せざるをえない状況をつくり出す。まるで窮屈な空間が、客がお互いに話すよう、強制しているかのようだ。キャラバンは、この通りの小さなワイン店で、主にウズベキスタンワインとルーマニアワインを扱っている。
ある夜、わたしたちはキャラバンを訪問し、三人の常連客とともにカウンターにとまった。 常連客の一人は、高校の教師で、旅行好き。世界中の旅先での話をしてくれた。もう一人は、わたしが90年代初めに留学していた中国の同じ大学に留学したことのある女性だった。わたしたちは、その頃の共通の経験を話した。 もう一人はラジオ局のクラシック音楽番組のプロデューサー。ドイツやイタリアで数年間音楽を勉強し、フルート、ピアノ、三味線を奏でられるそうだ。彼は、そこにいたみんなに交響曲のCDを聞かせてくれた。
柳小路のバーの特徴は、圧縮されたスペースが一時的なコミュニティをつくるということだ。男性だけでなくて女性にとっても、常連客と同様に新顔の客にとっても、 家族と仕事の間に存在する「大人の第三空間」をつくりだす。この点では、キャラバンは柳小路にある他の小さな店と似ているが、販売している商品という点ではユニークだ。
キャラバンのオーナーは、森重恭典(もりしげ やすのり)さんと奥様の森重みどりさんだ。2015年9月にオープン。キャラバンはただのワインバーではなく、実は酒屋だ。
「なので、テイスティングしていただくのにまずグラスで飲んでいただいて、お気に召して興味を持っていただけたら買っていただける。最近買って帰ってくださるお客さんが増えています。」
実は、家族三人共々柳小路で働いている。お嬢さまはキャラバンの斜め前あたりにある居酒屋を経営している。「家族会社」の一つの居酒屋である。
「娘が居酒屋で勤めていたんです。ここは、彼女がしばらく経営していました。今は会社を一つつくって家族経営をしています。」
ウズベキスタンワインの店を開くきっかけは、恭典さんが旅行でウズベキスタンに行き、ウズベキスタンのワインを気に入ったからだそうだ。さて、とても気になるところだが、ウズベキスタンワインといった特殊なワインをどのようにして仕入れているのだろうか。
「向こうへ直接行って、直接ワイナリーへ行って仕入れます。ウズベキスタンにパートナーがいて、その人と一緒に仕入れていて、とても助かっています。彼はもう、漢字のメールなども送ってきてくれます。」
直接ワイナリーに行ってワインを選び、その後、ウズベキスタンでの輸入に関す交渉は時間がかかったそうだ。
「なかなか大変でしたけど。それでも早くて。ウズベキスタンへ行って交渉をはじめて一年くらいで輸入できたので。早い方ですね。この荷物が届いたのが今年の2月で。2月から飲んでもらえるようになったんです。去年の9月からオープンしているんですが、それは自分たちがウズベキスタンに行って、ワインのビジネスの話をして、何本かまとめて買って来たんです。自分で買ってきました。それで、9月のオープンから契約がまとまるまで、その買ってきたワインでやっていました。」
こちらでは、ウズベキスタンワインと共に、ルーマニアワインも扱っている。ワインだけではなくて、イタリアン風エスプレッソもある。
「コーヒーだけを飲む方もいます。仕事が終わって職場の近くでお酒を飲んで、帰りにここでエスプレッソ一杯、クッと飲んで、リフレッシュして帰る方もいらっしゃいます。」
日本たばこJTから販売の認可をとり、煙草も売っている。
「煙草は日本の煙草だけです。」
「ビールはロシアのバルティック。これはウズベキスタンで飲んでおいしかったんで。日本で探したら手に入ったんでで置いてます。」
惚れ込んだとはいえ、ウズベキスタンとルーマニアのワインに絞って店を出すことにはなかなか勇気が必要だったのではないだろうか。
「心配はありましたね。まず、日本の人達が受け入れてくれる味かどうかが心配でしたね。個性的な味ですので。日本だとやっぱり、フランスやスペイン、イタリア、アルゼンチン、オーストラリアという、そのようなワインを飲みなれていますので。それと全く違う味なので心配でしたが、やってみたらみなさん『おいしい、おいしい』と言ってくださったので。」
ウズベキスタン・ルーマニアワインの特徴として挙げられるものは、何があるのだろうか。
「一番フランスやイタリアのワインと違うポイントというのは…、こちらの国はあまり輸出したことがないので、国の中だけで飲みきれればいいんです。ですので、保存とか輸送に対してのリスクがないので、酸化防止剤をほとんど使ってないんですね。日本の数値基準で、『これ以下だったらビオワインと言っていい』という数字の五分の一以下とかだったりするんです。日本の基準は高いんですよね(笑)。ボトルの半分くらい入っててもオッケーなんですよね(笑)。ウズベキスタンのはほとんど十分の一とか。最初にワインを造るために添加するぐらいで、保存のための酸化防止剤を使ってないんですね。よく言われるのが、頭が痛くならないとか。今まではワインだと頭が痛くなっていた人も、酸化防止剤が原因だった場合は頭が痛くならないって。中には飲んでる途中で頭が痛くなったりしていた方もいらしたんですが、あ、これだったらだいじょうぶ、翌日もすっきり起きられましたって。二日酔いもなし。」
二日酔いになるかどうかはたぶん量とも関係するだろう(笑)が、ここのワインはなかなか美味である。
キャラバンのお客は、常連だけではなく初めての客も多いそうだ。
「いらっしゃる方は文化人も多いようですね。この前はNHKの方とか…。はっきりはおっしゃらないけど、医者とか雑誌社とかの方も多くて。あと西荻はライターとか音楽関係の方が多くて。ちっちゃなライブとかやってるお店も多いですから。」
女性客も多いそうだ。
「女性が一人で来てくださる方が多いです。一人で来て何杯か飲んで、何度もリピーターで来てくださって、ワインを買ってくださる方が多いです。」
もちろん、ウズベキスタンに関係がある方も来店するそうだ。
「ウズベキスタンに行ったという方も、行きたいという方もいらっしゃいます。ウズベキスタンから留学してきてそのまま日本で仕事をはじめて、その会社の人達とここに来てくれたという方もいらっしゃいますね。あとウズベキスタンの大使館の方もいらしたことがありますね。」
ウズベキスタンとルーマニアのワインという、かなりピンポイント的に特化した店でありながら、固定客もつき、新規の客も増えているようだ。
最後に、柳小路の話をうかがった。キャラバンが今あるところは、もとは和風の居酒屋、小料理屋的なとこで女性が一人で経営していたお店だったそうだ。
「ほんとうに古くからここでやっていて、だんだん年齢的に体力的に厳しくなってきたので、やむなくやめられて。ちょうどそのタイミングで、ここに入れた。柳小路というとこは、二階はほとんどお店の人が住んでたんです。だから、一階お店、二階は住んでた…。」
キャラバンの二階には、よりプライベートな会話を楽しむ人のためのバースペースがつくられている。
柳小路ははしご飲み客が多い。その飲み方について、森重さんはこう例えていた。
「この辺りをぐるぐるぐるぐる(笑)。失礼な言い方なんですがぼくは…、ここは魚の養殖所、金魚鉢っていうか(笑)、ごはんくれるところをぐるぐるぐるぐるまわって、はしご飲みをして回る…。」
なるほど、柳小路を泳ぎ回る「酒魚」、とでも呼べばいいのだろうか。
「酒魚」達が探し回っているのは、酒と肴だけではなさそうだ。
「お客さんがお店に入るのを決めるのは?男性はかわいい女の子が一人で飲んでいると入ってきます(笑)。わたしの奥さんもそんな役割があると思います(笑)。週に二日くらい彼女が来ています。娘の店の方はそんな人も多いかも(笑)。」
柳小路は、キャラバンやその他小さなバーの「エキゾチックな親しみやすさ」を求めて徘徊している「はしご飲み人(はしごのみびと)」達に踏み固められて道ができているようだ。そして人々は、この道を徘徊しては「エキゾチックな親しみやすさ」が得られる店へ入り、そこで酒と肴と共にいろいろな人間をも試してみているのであろう。(ファーラー、木村、5月8日2017年)