top of page

コミュニティーから選ばれたママ コミュニティーをつなぐママ

西荻の駅から二分ほど歩いたところに白いビルがある。地下に降りると、小さなバー・スナックが奥までずらりと並んでいる。ここに2016年8月にオープンしたカラオケスナック「箱」がある。箱の周りにロックバー、フィリピンバーなどなど、秘密がたくさんつまっていそうな小さなナイトスポットの扉がたくさんある。一見さんだと、一人ではやはり入りにくい感じだ。箱もそうである。

 

ファーラは、誕生日がきっかけで箱を訪れた。友人三人と自宅で酒を飲んでから、ふらっと箱に入ると、カウンターはすでに満席だった。わたしたちは裏側のテーブル席に腰を下ろした。カウンターに並ぶ常連客は、若い世代のサラリーマンやお一人様の若いサラリーウーマン達だ。みな海外経験が多く、外国人の来客である私たちと英語を喋りたいらしく、いろいろな話を聞かせてくれた。みな、お通しの卵焼きを食べて、焼酎を飲んで、日本語と英語のポップソングを歌いながら、若いママの真知子さんと勢いのあるおしゃべりを楽しんでいた。普通のカラオケスナックバーだが、カリスマ的な真知子さんは普通のママではなさそうだ。

 

箱のことは、ピンクの象の下にある老舗ジーンズショップ「オークランド」のオーナーが木村に教えてくれた。「最近できた『箱』のママがおもしろいですよ。みんな、ママと話にそこに行くんですよ。」そういう店主も「箱」の常連さんだそうだ。

興味をそそられ、木村は教えられた場所に行ってみると、ちょうどママが開店の準備をしていた。おずおずと「こんにちは~」と声を掛けると、ちゃっきちゃきのハスキーだがよく通る声で「あら~、どうしたの?」と満面の笑みでこたえてくれた。「箱」の真知子ママである。

オークランドのオーナーに話を聞き、場所を確かめに来たことを伝えると、「あら~、じゃあ今度、お店を開ける前に千ベロでもしましょう。西荻だったら千べろできるから♪」と、もう10年前からの友達のように言う。「千べろ」は初めて聞く言葉。ママに尋ねると「千円でべろべろに酔っぱらう」の略だそうだ。もちろん、オッケー。

 

そして後日、三人(ファーラー、木村、真知子さん)は西荻の蕎麦屋「安田屋」で蕎麦飲みをご一緒した。この「安田屋」の若女将は真知子ママが西荻のお祭りで一緒に女神輿を担いだ時に知り合ったそうだ。おしゃべりしている様子は、やはり何年も前からの友達のようである。ママと一緒に蕎麦と蕎麦焼酎の蕎麦湯割りを飲み、ほろ酔いで外へ。「さあ!いくわよ!」と言うママ。「箱」へ続く道の途中、いろいろな店に寄っては、オーナーをわたしたちに紹介してくれ、店の説明をしてくれる。寄る店のオーナー達とは、やはりとても親しげだ。もう西荻は長いのだろうかと思ったら、そうではないそうだ。

 

真知子ママが西荻窪に移住してきたのは四年前。出身は福岡県柳川市で東京に出てきたのは二十歳のときだそうだ。

「高校を卒業して、フリーターをしてんだけど、母からきちんとした仕事をしてくれと言われたのよ。なんで、わかった、と。でもその前に、東京に一件しかない洋服屋に行かせてくれと言ったの。そこが大好きで。それで東京に行ったの。そこはメンズのお店だったんだけど、ちょうどそのときレディースを立ち上げようとしていたんで、『はいっ!やりますっ!』って言ったら『はい、合格!って』」(笑)。

お金がないと伝えたら、「半年あるだろう。お金を貯めて東京に来い!」と言われて、半年後に上京した。その後、二十代は販売、営業をし、その後は職場を替え三十代はデスクワーク中心のOLとして働いていたそうだ。

 

西荻に越してきたのは当時、西荻に彼氏がいたからだそうだが、持ち前の社交的な性格で西荻コミュニティーの中でネットワークを広げていった。その大きなきっかけになったのが2016年に初めて開催された「西荻ラバーズフェス」だ。

「西荻ラバーズフェスの案内を見て、みんなで西荻を盛り上げようというのでいいなぁと思ったのよ。」

そして実行委員に応募。2016年西荻ラバーズフェスでは実行委員だった。

 

「ラバーズフェスの実行委員をやって、いろんなつながりができたのよ。いろんなご縁があって今に至るの。」

「箱」のママになったのも、このフェスでのつながりからである。

「カラオケ居酒屋『べ』の横、今『箱』があるところに約十年くらいやっていたスナックがあったの。諸事情があってママが辞めてしまうから、『べ』のマスターが誰かお客さんも含めて引き継いでくれたらいいね~、というときに『真知子はどう?』って話が出て。『ベ』で働いていた女の子が一緒に実行委員をやっていて、マスターに『いいんじゃない?」って言ってくれたのよ。」

「でも、飲食店はやったことがなかった。こんな性格だから『やればやれば!』って言われたことはあったけど、やったことはないっ。やったことないよーと言ったけど、とんとん拍子に話が決まって。開店したのが三カ月前。」

 

しかし、真知子ママにはこれが初めての水商売である。とまどいはなかったのだろうか。

「水商売はやったことがないのよね。いろんな人が来るから楽しい。でも、売り上げがゼロになったらどうしようという不安感はあるけど…。」

 

そんな不安がありながらも、「前向き」という言葉を使わざるを得ないような彼女の雰囲気。仕事自体をどう捉えているのだろうか。

「今、仕事してるって思ってないのよね(笑)いろんな人がお酒飲んでて、いろんな人種がいるのよね。カウンターで見ていると、お客同士が隣と隣がつながって、端と端とがつながってって、どんどんがつながっていくのよね。それを見てる。人がつながっているのを見ているのが楽しい。いいお客様に恵まれている。」

 

ちなみに真知子さんはこの西荻ラバーズフェス二期(2017年3月19日開催)でも実行委員をやるそうだ。そして、フェスで知り合った友人たちも店で手伝ってくれている。

「みんなやさしくて、わたしがお皿洗わなくっちゃ…と焦っていると、すっ、とカウンターに入って洗い物をしてくれたりするの。女性の友達がみんないい人ばっかり。みんな西荻の人。ラバーズフェスで知り合った人達。実行委員が三十人くらいいて、今もつながっていてすごく来てくれる。今日もここで、2017年二期の打ち合わせをするのよ。店が終わった後でね。」

 

お客たちは店の「つまみの提供」もしてくれている。

「わたし、お料理ができないって思われてるらしくって(笑)。この前ね、わたしの父が家庭菜園をやっていてお大根が二十本ぐらい送られてきたの。実家から。で、どうしよ~かな~って思って、お客様に料理人の人がいらしたので、『はい♪』って、『お通し作って気下さい♪』って渡したの。で、お大根と鶏の煮物とか、トマトソースの煮物とかいろいろになって。あ、それが終わった~と思ったら、今度はお客様が明太子送ってきてくれたりとか。他にも、お客様が『真知子ちゃんとこはお通しがないから』ってなにかしら持ってきてくれる。おせんべいとか、チョコレートとか、みんな手料理とか持ってきてくれるの。だから、『ありがとうございます。お通しにしよー♪』って。だからわたしね、ぶっちゃけ今三カ月間営業してる。試行錯誤していて。お酒は出る。で、食費、ね。なんか作らないといけないなって、最初の二カ月間、いろんな食材をダメにしたりとかあった。でも、今、みんなが持ってきてくれるから(笑)。で逆に、持ってきてない人から『真知子ちゃんごめんね、今日、手ぶら』とか言われたりする。で、周りのお客さんが『ダメだよ、手ぶら。一個くらい持ってこないと。チョコレートくらい』とか言う。たまにね、わたし、出汁巻き卵とか煮物とか作るの。それでね、『はいっ』、て出したら『やめて!そーゆーのやんないほうがいいよ。びっくりするから。』とか言われた。料理はするんだけど(笑)。」

 

人を惹きつける何かがあり、そして人と人のつながりからお店を持つことになり、その店で人と人がつながっていく中心にいる、という印象だ。

 

お客はやはり、西荻在住者が中心なのだろうか。

「ほとんど西荻の人。こんなところ、西荻の人しか知らない」

確かに。西荻の町をずいぶん歩いたつもりでいたが、教えてもらうまで地下にこんな飲み屋街が広がっているなんて知らなかった。

「ラバーズフェスでつながった人もたくさん来る。二十代から八十代。たまに迷い込んできた人もいるけど。一見さんはほとんどない。団体で一緒に来て、それから来る人もいる。新規のお客さんは敷居が高そうなので、なかなかね。値段表がないし、食べログなどにも載っていないからね。」

 

真知子さんは、「箱」のようにママが一人でやっているスナックが、一見さんのお客にどう対応しているかも話してくれた。

「誰の紹介もなく、一見さんが来ることもある。この前、三十二~三十三歳くらいの男性が来たの。」

「で、聞いたら、紹介じゃない、たまたま酔っぱらってここに迷い込んだ。知り合いは誰もいない。と言われたので『こんなとこ迷い込んじゃダメよ』って言った。『なんでだ?』と聞かれたので、お店のシステムを紹介したの。それで、さて、どうしますか?と言ったら飲みますと言って。それから月二~三回くらいで来てくれるようになって。」

お客に対してもはっきりと対応する。だからいいつながりができるのだろうか。

「そのくらいの年齢の人達だとチェーン店でしか飲まないから、つながりができない。でも、ここでこういう感じだからお客同士がつながる。彼らがつながるのを見られるからそれが楽しい。わたしは別に紹介したりはしない。わたしの役割は人と人をつなげるって感じかな。無理やりつなげるんじゃない。」

 

箱は西荻の飲食店経営者のコミュニティーの場にもなっている。

「飲食店オーナー同士、みんな仲がいい。日本人気質なのかなぁ。わたしは今日、こちらの店に来ました。そしたら、わたしの店にその店主たちが来ます。これってお金を落とさなければいけないとかじゃなくて、回っている感じ。ビオトープ的。昔は物々交換だったじゃん。縄文時代とか、そんな感じ(笑)。」

 

インタビューの合間にも、西荻にあるたくさんの店のことをわたしたちに教えてくれる真知子ママ。○○の郷土料理はおいしい。○○の店主がすてき。○○のお店はとても雰囲気がいい…。ここでママの話を聞いていると、西荻でのネットワークが広がっていくような気分になる。

 

最初はだれもそこまで意図していなかっただろうが、西荻コミュニティーの場をつくり、ネットワークを広げ、何かを推進する力がここにあるようだ。スナックという飲み屋ではあるが、飲み文化とはまた違った、人と町とのマッチングをコミュニティーがやってのけたのが「箱」と「箱のママ」ではないだろうか(ファーラー、木村、2月1日2017年)。

bottom of page