西荻風融合料理を作る洋食屋
西荻の一角にある和風洋食料理屋、「華」。今年でオープンで二十五年目だ。お店を経営するご夫婦の出会いもここ。ご夫婦の出会いには秘められたストーリーが眠っていた。
シェフの花田春美さんは機内食作りをきっかけに半世紀近くも洋食を作っている。1974年にはベルリンで一年半の間、洋食屋で働いた。
「当時、四十人程しか日本人が住んでいなかった。」
こう、春美さんは当時のことを思い出す。
「正月には、領事館に私たち日本人全員が招待された。」
今、「華」のメニューにある鳥のレバーシチューはベルリンで習得したものだ。その後、ベルリンから東京へ戻り、「紅花」で働き、それから「Pauke」という市ヶ谷にある、小さいが有名なドイツ料理店で働いた。そこでドイツの伝統的な料理、アイスバインを学んだ。これも今でも「華」のメニューにある。「Pauke」で働いていたとき、フランスの有名プロレスラー、アンドレ・ザ・ジャイアントが来店し、アイスバイン4つをビールと一緒に一気に平らげたらしい。
「Pauke」で経験を重ねた後、「カサブランカ」という荻窪のライブハウスで仕事を見つけ、そこでスペイン料理を身につけた。
「 そこはシャンソンとフラメンコのライブやってて、そこで調理場を私一人、あとホールは女の子、経営者がいて、で、舞台でフラメンコ踊ったり、シャンソンで踊ったり。そこで六年間やってた。『カサブランカ』。忙しいお店でしたよ。ものすごく人気のあるいいお店だったんです。」
カサブランカの後数年間、他の店で働き、自分の店を始めよう、と春美さんは決めた。1992年に西荻の、かつて静かだったが今は賑やかな西荻駅南通り(俗称:乙女通り)に「華」をオープンした。
「ここは静かだったんですね。今は人がいっぱい歩いていますけど、二十五年前はレストランはほとんどなかった。」
春美さんはそう説明する。
オープンしたての頃、この西荻駅南通りには、飲食店は二、三店舗程しかなかったそう。当初はメニューの種類は少なく、紙に書いてあるものが十品くらいだったそうだ。オープン当初、春美さんは一人で経営できる店を想像していたが、店がオープンして二年目にアルバイトを入れた。奥様の史子さんである。その後、史子さんはアルバイトから春美さんの妻となった。
奥様の花田史子さんがワインを選び、レストランをより、エレガントで品のある空間につくり上げるのを助けた。
「それからだんだん変わってきて。あの頃はワインが今みたいに豊富じゃなかった。お酒屋さんにワインを適当に持って来てもらって。ワインは何でもいいって。そういう感じでやっていた。で彼女が勉強して、ワインを色々勉強して、それで今度、ワインが美味しいから、それでお客さんが来るようになった。」
史子さんによると、自分がお店に入った頃はフランス産のボルドーやブルゴーニュのワインが中心だったが、今は、お客様のニーズに応えるため、様々な産地のワインを取り扱っているとのこと。フランス産、イタリア産、ポルトガル産、ドイツ産、など。
当初のメニューは、「カサブランカ」で身につけたスペイン料理に、それまでの経験から培ってきたものが盛り込まれた料理が多かったという。
「今出している料理はスペイン料理とかそういうものが元になって、それにあの、お醤油を使ったり。日本の人の舌に合うようなそういう感覚。だからオリーブオイルとかもあまり使わないから、だからお年寄りが多い。で、あの、洋食、外国の料理を食べている様な気がしない、軽いって。日本のイタリアンレストランへ行くと、オリーブオイルをこうかけて。ああいう強烈なものがないから、受け入れられやすい。それはよく言われる。今でも。」
「華」の一番人気の品は、ガーリックライスの上にヒレのステーキを載せた一品。辛子醤油でいただく日本特有な昭和風の一品だ。
この人気の一品の誕生には、隠れたストーリーがある。春美さんがまだ、「カサブランカ」で働いていた頃、ある一人の女性との出会いがきっかけだった。春美さんによると、当時、その女性は五十代程で、本を書く方だったらしい。
「その方がどうしてもそれをそうやって食べたいって。だけどその頃僕は普通のステーキを出してたんで、出来ませんって言ったら、『作ってください』って。『どうしても作ってください』って。でこんな料理なんだ、こういう風にして食べたい、っていう。で、作ってみたら『これでいい』って。『これが私は好きなんだ』、『こうやって食べたかった』って言うの。それをそこでメニューにしたんですよ、その方だけのために。ところが見ている方が『僕も食べたい』『私も食べたい』って。それでメニューになっちゃったんですよ。それでなんですよね。だから今、うちで出しているメニューの中でそういうの多いですよ。オムレツもそう。オムレツは僕のごはんだった。僕の晩ごはん。それで食べてたらお客さんが『私が食べている料理よりそっちの方が美味しそうだ。それ食べたい』って、それで出したらそれが一番出るようになっちゃって。だからお昼、それにサラダとご飯をつけてデザートつけて出したらそればっかり出るようになった。それが今でも出る。」
そう春美さんは語る。そういえば、大勢のお客がオムレツを食べている様子を以前拝見した。
「何でかね。お醤油も入っている。カツオのお出汁が入っている。あの外国のとか、あのブイヨンじゃない。日本のお出汁。だから合うんですよ。それに小葱。葱を刻んで入れてプレーンのオムレツ作ってる。それがご飯と合う。パンじゃなくてご飯に。それとサラダも柚子を使ったお醤油でドレッシングを使っているから和風、日本風の味なんですね。バランスがちょうど合うわけです。三つのバランスがある。そこにこの自分で作った辛子、カヤンペッパーとお醤油と熱いサラダ油をこういっちゃうんですよね。これを、辛いのをつけると、これがもっと合う。これがないとちょっと魂が無い感じになる。」
春美さんの独特で種類豊富なメニューは、華をオープンする前の彼自身の長い経験を物語っていると言えるだろう。
春美さんは、お客もレストランとともに歳をとっていっているという。
「華」をオープンしたての頃は、お客さんへの対応に困ったこともあったそうだ。西荻は飲み屋が多いせいもあるかもしれないが、最初は泥酔したお客に絡まれたり、どなられた事もあったそうだ。しかし、レストランの雰囲気を乱してしまうお客とは喋らないようにしたため、そんなお客はだんだん来なくなり、いいお客達だけが残っていったそうだ。そう、よいお客は、他のよいお客を呼び込む。お客さんの中でも家族で来る方々が多い。乳児は大きな声で泣いてしまうことが多いため、レストランの他のお客さんのことも考え、お断りしているようだが、家族連れのお客が多いことは営業する側としても楽だと春美さんは言う。
「やっぱり僕らもお客様を選びます。他のお客さんに迷惑になるといいお客さんが来なくなる。これが一番怖い。いいお客さんがいつもいれば、だいたいカラーが同じ様なお客さんがだんだん増えていっちゃう。」
西荻のお客さんの特徴は何かと問いかけてみた。
「特徴…。何だろうねぇ。結構色んな事を知っています。西荻のお客さんは。文士が多いから。本を書いたりする、そういう方がものすごく多い。芸能人とか。変にそういうとこ、かかわっている人が多い。そいうお客さんに気に入ってもらえるって難しい。最初はずいぶん言われた。こうすればいいんじゃないかなとか、言うんですよ。でも必ずそれは、あっているわけではない。こう言われても、私はこう思うと思ったらずっとそれ。私の思う通り。だけどそれはいいなって思うとスッといただき。で、そこをこう自分でアレンジして。そういうやり方をしてる。お客さんがすごくヒントを。今こうやっていても、ヒントがある。」
レストランをともに経営している夫婦として、忙しく、子育ての難しさに直面した時期もあった。
子供が生まれてからお客さんも変わったそう。息子の小学校を通じて知り合った友人や剣道のお母さんなど。
子供を育てながらのお店の営業はたやすいものではなかった。息子さんは、昼は保育園、夜は託児所に。小学生になると、放課後、レストランの片隅にある一室で宿題をやるなどをして過ごしていたそう。
家族の時間というものを作るのも大変だったようだ。週で休みは木曜日だけ。普段の疲れがたまり、一日寝ている事が多かったそうだ。レストランを二十五年間営業してきて一番長くとった休暇が三日間。最初の頃はなんと一年間休みなしで働いたそうだ。
「レストランの大きさはこれくらいがながくやれる。大きくするといいときはいい、だけど大抵潰れる。こけし屋は別ですよ。あそこだけ。あとはみんな潰れていっちゃう。ここの二倍くらい大きくすると、忙しいときはわぁ〜と忙しい、暇なときは誰もいないところへ二人だけ?こうなってくるとお客さん入って来ない。こうなってくるとだんだん、だんだん、だめになっていくんですよ。ながくやるには大きくしたら難しいですよ。小さいから、あの、経費が少ない。アルバイトがいなくても二人だけだからなんとかなる。だけど四十席とか五十席になるともうやっていけなくなっちゃう。いいときはいい。こういう波がある。難しいですね。」
今、外国に簡単に行けてしまう世の中である。また、海外に行かなくても、日本にいながら海外の料理を簡単に口にできてしまう。そのため、レストランで食事をするお客達には昔のような感動がない。今、お客たちを感動させる事が昔に比べて難しくなったと春美さんは語る。新しくできたレストランとの差別化も難しく、今の状況を危機に感じているそうだ。
しかし、「華」のメニューは、スペイン風、ドイツ風など、様々な料理の要素が入り混じったユニークな品ぞろえである。われわれは、この料理人が経験してきた様々な要素が融合した料理は、いわゆる「マリアージュ」が人気の現在においてもとても個性的で特別だと感じた。様々な料理の要素だけではなくお客との会話から得たものを取り入れる柔軟性も、この個性的な美味しさに繋がっているのだろう。(ファーラー、ブラーク、木村、9月7日2017年)。