小さなジェラテリアが生み出す豊かな味
西荻の 賑やかな通りから少し離れると、Mondo Gelatoのこじんまりとした入り口が道行く人を手招きするように、店内へと誘惑する。店内は数席のイートイン席と六種類のジェラートが並ぶ冷凍庫がようやく収まるほどの小さなジェラテリアで、オーナーの角田智美(つのだ ともみ)さんが全てを管理している。残暑の残る夏終盤の午後、店内を覗き、一度ゆっくりと前を通り過ぎるも、決心したように引きかえしてくるお客の様子が見て取れた。冷凍庫を見つめ、じっくりと考えたあと、ほとんどのお客はダブルを注文し、店外のイートイン席につく。家族連れ、特に子供連れのお客もいたが、ほとんどがお一人様だ。雨の日も晴れの日も、夏の日も冬の日も、どんなに忙しい日でも退屈な日であっても、アイスクリームは私たちに休息の場を与えてくれる。
そんなMondo Gelatoのジェラートのほとんどがオーガニック素材を使用して作られている。
「基本的にはできれば国産でオーガニックのもの、無農薬とか。ものによってはそうじゃないのもありますけどそういうものが多いです。」
「例えばペーストを使うとしたら保存料が入っていないとか、これ(ピスタチオジェラート)だとしたら百パーセントピスタチオなんですよ。でも普通に売ってるやつはそこにお砂糖が入ってたりとか、保存料とあと着色料とかは結構入ってくるのでそれは絶対使わないです。あと香料も大体入ってると思うので。チョコとかはどうしても香料が入っちゃうものもあるんですけど、基本的に保存料と着色料とかが入っていないものを選びます。」
角田さんの食材へのこだわりが、シンプルかつ豊かな風味のジェラートを生み出し、一時の休息を健康的かつ心嬉しいものにしてくれる。
このジェラテリアはお客だけの安息の場所ではない。オーナーの角田さんが会社員時代の忙しく退屈なルーティンから抜け出すべく、一から作り上げたサンクチュアリなのだ。
2017年五月にオープン。元々は会社員をしていたという角田さん、なぜ会社を辞め、ジェラテリアをオープンすることを決めたのかを教えてくれた。
「お店は2017年の五月に始めたので、今、四年半ぐらいになります。その前は会社員をしていました。飲食業とは全く関係なくて、飲食業をまったくやったこともなかったんですけど、でも会社を辞めたいなと思いまして。で、いいタイミングで辞めることができたので、辞める時に何ができるのかを考えて、『同じ会社員はなぁ』と思ったので、なんか自分でできることは何かなと考えたのと、自分が好きなこと、まぁ両方ですね、自分が好きで出来ることって考えました。私はお料理とかはできないので、カフェとかだとお料理も出さなきゃいけないし、お菓子作りがすごく得意というわけでもなかったんですけど、アイスクリームは好きだったので。それで、できるのかなっていうのを調べて、なんとなく出来そうかなっていうことで、一人なので色々は出来ないからとりあえずアイスクリームをやろうって決めました。」
実は角田さんは横浜出身。住み慣れた場所でお店をオープンすることも考えたが、横浜には個人店が多くないと感じ、また角田さんの描く理想の町とは異なったため西荻に決めたという。
「お店を出したい町のイメージとしては大きな街ではなくて、ある程度こじんまりとしたというか、どこかから来る街ではなく、基本的にその町に住んでいる人はそこで買い物をしてっていう町を探していたので。そうするとあんまりないんですよね、そうゆう町が。あってもほんとに小さい商店街があって、そうするとあんまり集客が出来ないし、難しくて。かといって大きい街に行くと家賃が高いので、個人ではちょっと出せないのもありますし、そうするとあんまりなくて。それで西荻が割と候補で、見た感じで割と早めにこの町がいいなと思って、そこでもう西荻だけを絞って探して、運よく結構早く見つかったので。」
海外の、特にヨーロッパにあるジェラテリアに比べるとMondo Gelatoは比較的にこじんまりとしているお店だ。イートイン席も三、四組が座れるほどで多くはない。今のお店のサイズ感にとどめたのは一人でお店を切り盛りしたいという角田さんの思いからだった。
「もちろん大きいお店が出来ればいいですけど、そうすると一人では出来ないので、何人か従業員を雇うっていうのは突然は難しいので、まずは自分で。あとそんなに大きくやりたくないというか、なるべく一人でやりたかったので。資金的にもそんなに大きなお店をやる資金はとてもなくって、これ(今のお店)が精一杯だったというのもあるし(笑)。」
お店の経営から仕込みは全てを角田さん一人がこなしている。そんな角田さんの普段のスケジュールを伺った。
「夏というか、ジェラート屋が忙しくなるのは大体ゴールデンウィークぐらいから、五月から八月くらいまでは忙しくて。まぁその四ヶ月は基本的に休みはないですね。あっても半日、一週間の一日のうちの半日とか。まぁフルで休みは基本的に今のところなくて、でもだんだん慣れてきたんで休めるようにはなったかな。」
「仕込みが九時、十時くらいから始まって、お店が終わるのが八時で家帰って、まぁ基本一日中ですけど、例えば同じ事を会社員で仕事をやるとしたらそれは多分出来ないですけれど、今は、例えばこういう時間(お客がいない時間)とかずーっと何かやっているわけではないのでそんなに大変ってわけでは、大変じゃなくはないですけど(笑) 。なのでそこまでものすごく(勤務時間が)長いとは思わないですね。休みも自分で決められますから。そういう意味ではある程度自由はあるかなって感じです。」
前職は会社員だった角田さん。ジェラート作りの知識もなく、お店をオープンするにあたって一からジェラート作りを学んだそうだ。日本にはジェラテリアが少なく、アルバイトをして経験を培うことが難しかったため、試行錯誤しながらジェラート作りを学んだと教えてくれた。
「メーカーさんが最初の基本的なことを教えてくれるので。機械の使い方と基本的なレシピとか、あとはジェラートとは、みたいなどういう風に出来てとかそういうことを教えてくれて。」
お店で使用しているジェラート作りの機械やショーケースは全てイタリア製だ。ジェラートにつかう機械は基本的にはイタリアから輸入しなければならず、費用がかかってしまう。そのため、日本ではジェラテリアを開く人が少ないのかもしれないと角田さんは語った。
ジェラテリアを始めるにあたってベースのミルクジェラート作りには時間をかけたそう。色々な牛乳で試作し、甘さの調整を何度も重ねて今の味にたどり着いた。
「私はあんまり甘すぎない方が好きなのでそういう味を目指して、色々パターンを試して。自分だけだとやっぱり分からないので、色々友達に来てもらって、全部食べてもらってどれがいいかを、みんながどう思うのかを聞いて。だから最初は試作が大変でした。全部の味を初めて試さなきゃいけないから。」
何度も試作を重ねていった中で、決めるのに一番手こずったジェラートの味をお聞きした。
「難しいのはミルクベース以外のメロンとか、ミルクを使わないフルーツのシャーベットです。何パーセントくらいフルーツを入れるのかとかがわからなかったのですごく薄くなったりとか濃すぎたりとか。フルーツによってすごく違うので時間かかりましたね、度合いがわからないというか。」
Mondo Gelatoでは、乳製品を使用しないビーガンのジェラートも販売している。
「フルーツ系のシャーベットは基本的にはビーガンなので、例えばりんごだったらりんごと砂糖とあとちょっとお水っていうパターンです、フルーツは。基本フルーツはビーガンが多くて。珍しいのはチョコのビーガン。これはあまりないからビーガンの人はチョコを喜んでくれますね。これはたまたまレシピを見つけて、それを自分でアレンジしてビーガンのチョコにしたんですけど。」
実際にこのチョコレートのジェラートをいただいたが、乳製品を使っていないとは思えないほどなめらかで、濃いカカオの味がするジェラートだった。チョコレートのジェラートの材料をお聞きすると、驚くほど少ない材料で作られていることがわかった。
「チョコレートとカカオパウダーとお水と砂糖だけです。それで作るときにどれくらいのパーセントで入れるのかをすごく色々試して作りましたね。」
一番人気のフレーバーだというピスタチオジェラートの作り方を伺った。
「もし豆からだったらそれをローストしてマシンでペーストにするんですね。そのペーストをミルクのジェラートに混ぜて作るって感じです。ローストはここでしてる時もありますが、基本的にベースはペーストを使うことが多いですけど、ペーストもやっぱり百パーセントのものを使います。」
Mondo Gelatoではミルク、チョコレート、ピスタチオ等のベーシックなフレーバーから、りんご、栗、ずんだなど、ここならではの珍しいフレーバーも数多く販売している。ジェラートの味を決めるとき、その時の流行などを視野に入れているのかを伺った。
「割と流行にとらわれないです、基本ベーシックなものが好きなので。チョコミントとか、たまたまチョコミントが流行ってるときとかありますけど、それは昔からある味ですし。私の好みとしてよくある味が好きなのと、あんまりハーブとかスパイスが利きすぎるのよりはシンプルなお子様向けというか、そうゆうのが多いかもしれないです(笑)」
「ジェラテリアのいい所は季節のものを出すっていうのがすごくあると思うので。なかなか普段アイスクリームで季節を感じるとかないと思いますし、コンビニだと一年中苺があるとか色々あると思うので、やっぱりその時の旬のものっていうのですね。」
取材に訪れた日は六種類のジェラートが並んでいたが、中でもひときわ人気のフレーバーは栗だった。
「栗は一番私の中では大変で。まずは栗を茹でて、真ん中から切って、ひたすらほじくるんです。やっぱり量がそんなに出来ないので時間がかかりますね。でも出した時の人気具合は一番です。一年通したらピスタチオはずっと出してるからピスタチオが一番人気なんですけど、シーズンで栗出すと多分来た人のほとんどが栗食べていかれます。やっぱりだからやらないとなって思います(笑)」
飲食店を営むには食材の仕入れはもちろん不可欠だ。お店のオープン前は飲食業に関わりがなかった角田さんが、どのようにフルーツや食材の仕入れをする場所を見つけたのかを伺った。
「最初はそれが一番苦労して、農家さん紹介してもらったりとか。でも私みたいなちっちゃいお店だとそんなにたくさん使えないから、なかなか買えるところがなくて。なんだったら普通に八百屋さんで買っちゃってもそんなに変わらない、物にもよりますけど。なのでその辺は紹介してもらったのが何件かと、あとは……紹介してもらいましたかね、大体。あとはそっから繋がったりとか、冬場とかでそんなにたくさんいらないものはそこの西荻の長本兄弟商会さん、オーガニックの果物とか野菜を扱っているところがあって、そこで結構仕入れたりすることはありますね。」
他にも、ほうじ茶のジェラートに使用している茶葉は、西荻繋がりでお客さんが仕入れ先を紹介してくれたりもしたそうだ。
お客さんの半分以上はリピーターだという。アイスクリーム屋さんというと、子供が多く訪れる印象が強いが、取材中だけでも幅広い年代のお客が訪れていた。このことについて伺うと、角田さんはこのお店のコンセプトについて教えてくれた。
「今はコロナで八時までなんですけど本当は夜十時までやってたんですね。それはやっぱりアイスクリームっていうと、子供とかあと女の子っていうイメージが日本だとあると思うんですけど、イタリアだと都心の店は遅くまで、夜の十二時までやっていたりとかして、仕事終わったあとにご飯食べて映画とか見た後に夜十時十一時くらいにすごく賑わっているお店とかもあって。そういうのがいいなって思ってたので、わりと大人向けコンセプトっていうイメージでお店を作ったていう。初年度はそうでもなかったんですけど、夜九時以降に結構来る方がだんだん増えてきて、ここら辺ってやっぱり飲食店が多いので、ちょっと飲んだ後に来てくれるみたいな。できれば早くそういう風に戻ればいいんですけど、今は八時にしてます。」
一人でお店を切り盛りする角田さん。だからこそリピーターのお客との会話や西荻のお店同士のコミュニケーションを大切にしている。
「一人でやっていると喋る人がいないので、そういうのでちょっとした会話があるだけで全然違うなと思います、特にコロナになってからは。町で歩いていると誰かに会うみたいな、そういう町って西荻以外あんまりないと思うんですよね。ちょっとしたことですけど大きいなって思いますね。」
そんな西荻のコミュニティの繋がりを実感したのはお店をオープンした直後だったという。
「お店を始める時に、準備している段階で、もうなんか噂が出てたらしんですよ(笑) 私は知らなくて。あそこに何かできるらしいってみんな拡散してくれて、もうオープンする時はみんな知っている、みたいな。私も何か書いておいたんです、看板にジェラート、みたいな感じで。そしたら誰かがそれを写真撮って、アップしてくれていたみたいで。それでオープンしてお客さんくるのかな?って思ったら結構来てくださったんで。だからすごいなって思いました。」
人々がひんやりとしたジェラートを求めるのは、やはり夏場だろう。夏場は休みがないほど忙しいが、冬は残念ながらお客は減ってしまうそうだ。それでもジェラートを食べる人が増えてほしいという願いをこめて角田さんは冬でもお店を開けている。
「冬はやっぱり夏に比べたら全然来ないですね、暇です(笑) まぁ最初の年に比べたらだんだんちょっとずつですけど増えてます。イタリアとかだと冬にお店を三ヶ月くらい閉めて、春ぐらいからやってっていうお店もあって。まぁ日本でも一ヶ月くらい休むお店とかもありますけど、私はそこまでは休まないですね。ちょっと一月に一週間くらい休む感じで。やっぱり冬にも食べて欲しいっていうのがあったので。どちらかというと夏よりも、まぁ寒すぎるのはあれですけど、夏だと暑すぎて溶けるのが早いですし、ジェラートにはもうちょっと、秋ぐらいがちょうどいいですし、冬寒い時も私は食べるので(笑) 。そうやって食べる人が増えて欲しいのでなるべく長くは休まないでやりたいんです。ただどうしても人は全然少ないので、もちろん売れる量は全然違いますけどそれはしょうがないですね。」
現在も個人飲食店の経営に大きな打撃を与え続けているコロナウイルスだが、売上にも影響がでているそうだ。
「やっぱり飲食店の自粛営業求められたのでフルで営業できないっていうのと。あとこれはありがたいんですけど、みんな行くところがないから割と人が集中してしまって、特に夏場とか。そうすると土日は家族の方が多いので、土日は道の前が混んだりしてしまって、だから土日休みにしたりとかして。そうするともちろん売り上げには響きますので、そういう影響はありました。」
最後に、個人飲食店の経営について現実的なコメントを頂いた。
「まぁすすめはしない……おすすめはまぁできないですね(笑) 。やっぱり安定しないし。私はたまたま運が良くて、西荻って町で結構来てもらって続けてますけど、やっぱり一人で飲食店をやるって、飲食店自体が十年続くのが一割と言われているので、難しいですよね。すすめるかといわれるとおすすめはできないですけど、でも私はやってよかったですけどね。生活ができればそれでいいかなって。さっき言われたように大きな店舗でとか、いっぱいお店を出してやればもっとお金はたぶん儲かると思うんですけど、それをする気はなくて。お店を増やすとしても私は一人だから、私が見れる範囲じゃなくなるとどうしても難しいですよね。私はお店を大きくするのが目的ではないので自分でできる範囲でって感じです。」(ファーラー・ジェームス、野本愛、木村史子2022年2月10日)