コロナ禍のさなか、2021年三月三十一日、西荻窪に海辺の雰囲気感じる小さなオイスターバーができた。店の名は「オイスタバー&天ぷら 西荻窪ワーフ」。生牡蠣を中心とした牡蠣料理と天婦羅、ワインがメインのバーである。この店のバックは大きな資本を持つ会社だ。本社は大阪。都市部を中心に飲食店を展開しているオペレーションファクトリーだ。
なぜ、この大きな企業は、飲食店が経営に苦しんだコロナ時にわざわざ新しい町への進出を決めたのか。私たちは西荻窪店長の笠谷 広太(かさたに こうた)さんにお話をうかがった。
笠谷さんは関西訛りのある物腰の柔らかい方だ。
「もともと、都心に、主要都市に出店するのが好きな会社だったんですけど、昨今コロナの状況があって、やっぱり都心部というと規制もそうですし、それこそ商業施設なんかで言うと時間の要請がものすごく厳しかった…当たり前なんですけど。やっぱりこう、客足ももろに影響受ける…。」
西荻窪ワーフの前にオペレーションファクトリーが開店させたオイスターバーは、新宿のバスタの中にある「新宿 オイスターバー ワーフ」であった。
しかし、コロナの感染が拡大し、仕事や学校は可能な限りテレワークが推奨されたころ、オフィス街にはだーれもいなくなった。もちろん、会社や大型商業施設がひしめく新宿の中心部もがらがら。新宿ワーフが入っているバスタにも営業の規制が出た。
「客席として結構広めのお店を作るのを好んでたんですけど、やっぱりその、営業するにあたって大変だなっていうので、あまりその、外部環境の影響を受けない、ちょっと都心から離れた、ただ、食事だったり飲まれる方の多いエリア路線を調べたときに、西荻窪って地元の力がすごいなって。」
「で、もちろん、物件としても都心部に比べると安い。で、今回この西荻窪っていうので…。チャレンジのところではあったんですけど、新しくシフトチェンジというか・・・。」
「新宿のワーフのカジュアルバージョンで。で、この西荻窪ワーフっていうのがスタートしたんです。」
住宅街への進出地の候補として、他に、横浜の野毛、中央線沿いでは高円寺、阿佐ヶ谷、中野もあがったそうだ。
いくつかある候補地の中から、どうして西荻を選んだのかをうかがうと、
「近くのファミリーの方であったり、…ちょっと新宿よりも客層が若くなる…ただ、土日とかでいうと幅広くて、五十代の方がいらっしゃったりとか。新宿で言うと圧倒的に三十・四十代の方が多かったんですが…。」
新宿に比べると、客層が格段に広がりそうだと感じたそうだ。
「そうですね、やっぱり、物件探していた時に、もちろん高円寺とか阿佐ヶ谷も飲み屋街はあるんですけど、西荻は魅力的な…もっと人が多かったですね。リサーチしているときは。」
また、高円寺だと、お客が若く、牡蠣のように少し値が張るものの店は難しいとも感じたようだ。
加えて、オイスターバーの競合店がないことも決め手となったそうだ。
「そのときで言うと西荻窪に同じ業態、オイスターバーがなかったっていうのも最初の決め手だったかも。競合さんがいないっていう。(今は)同時期にたまたま四軒隣の二階にショートさんっていう。もう今はないんですが、ぼくたちが出店する二年前に一つ先の通りに牡蠣の食べ放題のお店があったと聞きました。」
確かに、西荻窪で牡蠣の専門店は珍しい。しかし、オペレーションファクトリーは、オイスターバーのほかにもう一店、西荻窪に店舗を開店させている。台湾餃子の店西荻窪 長記だ。現在、餃子店、餃子が食べられるラーメン屋、中華料理屋はすでにたくさんあるのに、なぜわざわざ出店したのかもうかがった。
「餃子はチャレンジではあるんですけど、新しく台湾の棒餃子っていう、同じ餃子でも違う角度から突入していこうかなと。餃子であっても若者向けの新しさを出したかなと。」
「長記は、先ほどお伝えした、都心部ではなくという最初の(一号店)。今まで餃子業態というのは社内ではなかったんですけど。西荻窪に出店しようというので、もう一店舗ぐらい西荻窪でチャレンジしたいなっていうので。」
笠谷さん自身、新宿のワーフで三年間店長を務めた。新店舗開店にあたっては、基本的にスタッフは新しく雇ったそうだ。中には社内の中で声をかけてきてもらったスタッフもいるとのこと。スタッフのトレーニングはオープンの二か月くらい前から行ったそう。オイスターバー母体の新宿店で、牡蠣の知識や店のオペレーションなどの知識をつけてもらい、2021年三月末に万全の状態でオープンできるように進めていた。
しかし、2021年四月二十五日(日曜日)~2021年六月二十日(月曜日)の期間の三回目緊急事態宣言発令、2021年七月十二日(月曜日)~2021年九月三十日の四回目緊急事態宣言が発令。東京都は、まん延防止重点措置の要請を2021年四月十二日(月曜日)~2021年四月二十四日(土曜日)、2021年六月二十一日(月曜日)~2021年七月十一日(日曜日)の間、出した。
「開業してすぐに、二か月ほどお店閉めていた時期があったんですけど…。」
しかし、店のスタッフ達の生活を守らなければいけない。苦渋の決断で六月からはフル営業としたそうだ。
母体自体が飲食の会社であるだけに、かなりきつい状況だったであろう。
笠谷さんはもう十五年、この会社で働いている。
「母体で言うと、大阪、東京でいろんな業態の飲食を展開している会社なんですけど。東京で言っても新宿であったり、原宿であったり、いろんなエリアで展開している…。(笠谷さんは)ここ、できる前はですね、新宿で四年ほど。」
「その前は原宿に、今はなくなっちゃったんですけど、お寿司居酒屋を出したり。新宿で大きな水槽があるようなエスニックアジアリゾートをモチーフにしたお店で働いていたりとか。」
「大元、スタートで言うと大阪の会社で。(笠谷さんは)生まれ大阪で。大阪で面接受けて。ただ、飲食をするなら東京でという思いがあったので、掛け合ったら…。東京にも、こう、今ほど大きくはなかったんですが展開し始めている最中だったから。(ちょうど十五年前?)そうです。」
新卒の時から飲食をやりたかったという笠谷さんにとって、様々な業態の飲食店を経験した十五年は充実した日々であっただろう。
話はオイスターバーに戻る。新宿のワーフも西荻窪ワーフも、店内の様子などを見るとしっかりしたコンセプトのもとに作られているように見えるが。
「(新宿店は)お店のキャパシティとしてはそんなに大きくはないんですが。あの、ニュウマン、バスタがある建物の中に。ちょうどビルが立ち上がったのと同時に開業したんですけど。おっきな路面にこう、窓が面していて五メーターくらいの窓、外から光が入ってきたりして、中からももちろん外が見えたりして。ワーフはシンガポールなんですよ、出店が。シンガポールのロバートソンキーチャイムスという、割とシンガポールの中では主要都市なんですが、そこで、オペレーションファクトリーの海外部署がオイスターバーをスタートして。そこは百席くらいの広いお店だったんですけど、ま、あの、シンガポールという所だったり情勢というところで徐々に…続けるの難しいなということで。ただコンセプトとしてはいいなぁというのが社内として手ごたえがあったので、なんとかこう、逆輸入みたいな形で日本にもってきて。一号店が新宿ワーフ。ちょっとほんとに海に面した、海小屋?みたいなイメージでスタートした。ここもそうですし、新宿も内装には海の要素が。」
「社長、役員がいて、エリアマネージャーみたいな役割の人がいて、と、現場の店長と僕が、新しくお店やるならどんなコンセプトがいいかなって、企画を。で、この企画がお客さんに届くにはどういうお店?どういうスタッフがいいかなーというのを基にスタートするので、いい意味でトップダウンじゃない、現場の声からお店作りをするのが会社の特色かなぁと。」
店舗の内装は、外部のデザイン会社と一緒に作っていく。店舗の担当者とデザイン会社と打ち合わせをし、ある程度ラフができたら社内に持ち帰り、進捗状況の報告と共にデザインラフを社内の上層部に見てもらい、意見をもらい…といった感じで進めていく。「現場だけというより、お店を作る土台のところからスタートできる。」そうだ。
話をうかがっていると、店長の仕事はとても多いと感じる。しかし、店長に任されている仕事はまだまだあるそうだ。営業を始めたら、状況を見つつ、より良い経営ができるよう、様々な部分で軌道修正を行う。一年経った今、オープン当初から調整してきた部分もけっこうあるとのこと。
「(調整してきた部分は?)…めちゃくちゃあります。一番の売りの生牡蠣って言うのはそのまんま、今後も継続していく予定なんですけど、サブタイトルというか、このお店だと天ぷらというので最初スタートしたんですけど、実を言うとちょっとずつ縮小していたりして…。次の…また新たに…。もちろんおすすめではあるんですけど、最近では釜飯がはいってきたり、今年の夏で言うと浜焼きが入って来たり、いろいろチャレンジしているんです。まだ決まってはいないんですけど、次は鯛を使った…牡蠣+鯛で。いろんな鯛を使ってコンセプトを合致させてやってみようかなとか。生牡蠣を変えてしまうとやっぱり結構不安な部分があるのでそこは残しつつ、掛け算じゃないんですけど、お客さんの反応を見ながらこう、チャレンジしてみようかなと。」
さて、メインの売りである牡蠣。牡蠣というと生もの。新鮮なものを新鮮なうちに売り切る必要がある。どう管理し、売り損じがないようにしているのかをうかがった。
「難しいですね…。今までの営業の傾向で発注して、一番今新鮮な状況で毎日ゼロで売り切ればいいんですけど、そうもいかない時もあって。そういうときのメリットで系列店で新宿が。新宿はすごく売り上げがいいんですけど、生牡蠣の回転数が。そこから発注したものを分けてもらうこともあれば、もしくはこちらが残りそうだなって言うときに新宿に持って行って。もちろんロスがゼロかって言うとそうでもないんでけど、極力そのバランスで減らすことができてるかなーと、系列店の強みだなーと。生もので言うと、密に連絡取って前もって相談しますね。」
系列店と連携を取って売り損じや食品ロスを減らせているようだ。個人店ではなかなかできない、系列店を持つ強みである。
オイスターバーと名乗るだけのことはあり、ワーフは各地からそれぞれの個性を持つ牡蠣を仕入れている。看板となる大切な商品、店長が自ら生産者のところへ足を運んで仕入先を決めることも多いそうだ。
「もちろん東京で牡蠣のいろんな生産者さんから牡蠣を集めて衛生の検査をして、飲食店さんに卸している会社ってのもあるんですけど、ぼくたちは生牡蠣の強みとしては、もともと新宿でスタートなんですけど、現地で生産者さんとつながるって言うのを大事にしていて。実際に僕も福岡の生産者さんのところに行って生産者さんと話して、実際に食べて契約をする。それによって生産者さんの熱が…こんなインターネット社会なんで、ボタン押せば牡蠣が届くんですけど。(直接生産地から届けてもらってるの?)はい。届きます。情熱もって育ってている生産者さんから、僕たち、ちゃんとしたものを。生産者さんも僕たちを信頼して牡蠣を卸すっていうのをすれば、いいものをお客さんに届けれるんじゃないかなーと。やっぱり、生産者の方も、一個の牡蠣が自分の子どもじゃないですけど、子どもを嫁がせるのに変な奴には…っていう、子どもに近い感覚みたいっていう話を聞いて。そういう話聞くと僕たちも現地巡りっていうのを大事にしないといけないなぁって。今取り扱いある牡蠣、全て行けてるわけではないですけど、半分以上は。北海道であったり、福岡であったり、いろんなとこ巡って。」
仕入れるかどうかの判断はどうしているのか。
「やっぱり食べないと、っていうは持ってますし、もちろん自分がこの牡蠣好きっていうのでお話することもありますけど、ただ、お客さんによってものすごくおっきくて甘い牡蠣が好きっていう方もいらっしゃれば、逆におっきいのあまり好きじゃない、小ぶりであっさりしたのが好きって言う方もいらっしゃって。やっぱりいっぱい食べて牡蠣の特徴を知った上で。」
だそうだ。笠谷さんはオイスターバーの担当になる前はそれほど牡蠣を食べていなかったそうだ。しかし、いざ担当するとなると、知らないと売れない。牡蠣について勉強をし、たくさん食べるようになった話してくれた。
食材などの仕入は、料理部門のエリアマネージャーに相談しつつ、店長+料理長、そして、新宿店と協力して行っている。牡蠣は新宿店と一緒に仕入れるときもあれば違うときもあるそうだが、やはりスケールメリットを生かすべく、一緒に卸して二店で振り分ける、ということも行うそうだ。
我々は笠谷さん達が足を使って仕入れてきた、四つの産地の生牡蠣盛り合わせを注文。店が勧める、さっぱりした味わいのものから濃厚なものへと順番に食べてみた。同じ牡蠣でも産地ごとに本当に味が違う。
「そうですね。現地に行って食べてみた牡蠣を販売するっていうのもあるんですけど、明日から、この牡蠣を食べてもらうなら、こういうのでこういう順番がいいかな、とか、楽しめるな、で、ラインナップと順番を決めている。(食べる順番は)僕、料理長と働く仲間で、一人の好みじゃなくて。『これって一番あっさりよねー』とか『これ濃いよねー』とか『だったら明日こういう順番でしようかー』とかの流れですね。」
牡蠣はみんなで食べるのか?とうかがったら、「もちろんです!」と即答された。主力のメンバー全員で食べ、共通の認識を持ち、それを全員が自信をもってお客に出しているとのことだ。
店の売り上げ比率でも、牡蠣が最も大きな割合を占めている。お酒は生牡蠣に合わせたスパークリングワインが一番出るそうだ。ただ、西荻という土地柄なのか、レモンサワーやハイボールもよく出るとのこと。
「土地柄だと思います。新宿で言うと圧倒的にスパークリングワイン、ですね。利用の仕方もあると思います。一件目なのか、二件目なのかっていう。」
牡蠣と一緒に飲まれるワインに関しても企業のスケールメリットを生かしているそう。
「会社の一例で出すと、スペインとかイタリアのワイナリーさんと契約をしてて直輸入みたいな感じで。ワイナリーさんの畑と契約してて、そこのワインは日本でいうと、うちだけ。この牡蠣専用ワインって出してる、カステロロック、スペインのカヴァなんですけど、オペレーションファクトリー、会社の名前が入ってるんです。はい。実際にはこの作り手さんであったり社長さんだったが日本にいらしてぼくたちに講演会とか指導してくれて、で実際にお店では牡蠣専用で販売していることも知っていただいていて。もちろんあの作られてる方が『何に一番合います?』『牡蠣です』って言ってくれてるんですよ。オペレーションファクトリーではどこの店舗でも販売してたりはします。もちろん、全部が全部そのワインってわけではないですけど、ワインっていうとこの会社で契約しているワインを入れて。他にネームバリューがある商品とか入れたりはしてますし。それは酒屋さんに売っていたり、そうするワインとかもありますね。」
とのことだ。
笠谷さんは現在、地元の農家を含む他の生産者とも直接的な供給関係を築こうとしている。これは今の課題だそうだ。
さて、大きな企業のメリットは人の面でもあるのだろうか。西荻ワーフのすぐそばには餃子の長記がある。系列店同士の従業員の行き来はあるのかをうかがった。
「基本的にはないんですけど、社内の回覧板、ネット上で見ている回覧板で、『ゴールデンウィーク人が足りないので誰かヘルプお願いします」とかあったら、こっちのシフト余裕があると、その子に了承得た上で、っていうのはあります。合同シフトっていうか、連動してっていうのはないんですけど、社内でそういった調整みたいなのはあります。」
お客がたくさん入ってくれても、従業員が足りなければ回らなくなりお客に満足してもらえない。さすが飲食の会社、店間での従業員の行き来はフレキシブルに対応しているようだ。
最後に、母体である会社、オペレーションファクトリーについて質問してみた。どんな会社なのだろうか。
「僕で言うと…十五年…新卒入社なんですよ。で、飲食店って、今はそうでもないんですけど、当時で言うと離職率がすごい高くって、労働時間長いとか賃金に対して、あまいい評判ってなかったんですけど、うちの会社ってそういった世間の印象を変えたいっていう所からすごい整っていて…。もちろん社内で言うと苦手な部署にいったりとかもちろんあるんですけど。今までの頑張りが報われてるかなぁと。(労働時間は長いですか?)いや、今、飲食の会社で言ったらすごく短いと思います。平均で九時間切るように、ってしばりが。朝、午前中に出勤して九時に帰るとかありますし。できるだけ短く生産性上がるっていうので。長く働いても怒られる会社なんです。いいと思います。」
企業のメリットと、個人の力量・店のスタッフの力を最大限に生かし、そして地元になじみながらもお客の幅を広げて取り込んでいく。コロナの打撃から少しずつ回復しようとしている西荻窪の飲食店街で、ワーフがこれからどう成長していくのか見ていきたい。(ファーラー・ジェームス、木村史子、2022年12月28日)