「新興料理の町」と料理の融合
プティ(Petit)は、西荻南口にある愛称、乙女通り(輪島通り)にある小さなフランス料理のレストランだ。日本の食材でしかできない、和のテイストを取り入れたフランス料理をお客に提供することをモットーとしたレストランである。プティの代表でありフロアマネージャーの中沢隆文さん。チーフ・シェフは野添俊二さん。他、キッチンを手伝っている若者が二人。
料理の名前がびっしり書かれた黒板を観ていると、やはり、最初に料理の話を振ってしまう。和のテイストを取り入れた料理というのは具体的にどんなものかとうかがったところ、メニューを見せてくれながら、中沢さんは一月のメニューのこだわり料理を紹介してくれた。
「和のテイストをふんだんに取り入れている、例えば、これとか…『鰆と真鱈の白子のポワレ。柚子が香るブール・ブラン・ソース』。ポン酢、柚子を入れたブール・ブラン・ソースというクラッシックなソースに、柚子の和のテイストを入れたりとか。白子もなかなか外国では食べないけど。これは真鱈の白子。」
白子を食べるのは、海外のフランス料理店ではやっぱり稀である 。しかし、食べてみるととてもおいしい。そして、かなりフレンチだ、と感じた。
プティの料理は、控えめなシェフと明るいフロアマネージャーのコラボレーションの結果だ。 伝統的なフランス料理の技術と日本の季節の食材とを調和させたプティの料理。前衛的でモダンなフランス料理を、その内容から考えるとかなりリーズナブルな価格で提供している。プティは西荻に開店し、そして、地元に根ざした店になるにつれて、西荻の「新興料理の町」のイメージに大きく貢献していった。
代表の中沢さんとチーフ・シェフの野添さんとの出会いは、立川の飲食店でお互いに雇われだったときのことだそうだ。飲食店で働く人間には「まかない」は付き物。そして、楽しみでもある。その店で野添さんが作るまかないがとにかくおいしかったそうだ。ちょうど独立を考えていた中沢さんは、野添さんの作るまかないを食べて「一緒にやるなら野添さんだ」と決めたそうだ。
二人は最初、立川でカジュアルなレストランを開店させ、フランス料理だけにこだわらずパスタなども提供していた。 コンセプトが「来ていただいたお客様がとにかく飲食を通して楽しめる、食べることと飲むことで人生が楽しめる」というものだったからだ。しかし、次の出店を考えたとき、より洗練されたフランス料理のレストランをやりたいと、彼らは西荻窪という静かな町を選んだそうだ。
それでは、プティを開店するにあたって、どうして「フランス料理」に絞ったのだろうか。
「料理と飲み物をつきつめていくと、やはり、フランス料理をよりもっと集中して極めていった方が料理のその… やはりぼくらのアイデンティティーはフランス料理…。技術はもちろん伝統もありますし。それで西荻でやるときはフランス料理に特化した形でやろうと。こんな感じでスタートしました。」
しかし、新しい店が地元のニーズに合わせていくには多少時間がかかる。四年前、「ビストロ プティ」として開店させたのだが、現在は「ビストロ」をとってしまい、「プティ」である。なぜ「ビストロ」をとってしまったのだろうか。
「すっごい悩んだ時期がありまして、ビストロとうたうには…。初めは、このクラッシックな内外装は…フランスのバスクの方の内外装なんですが…ですから料理もその、郷土料理。昔からのフランスの家庭料理を出していたんです。で、やはりその、そのままのボリューム感と味で出してたんですが、日本人の方にはなかなか、こう、味が合わない…。やはりあの、和食の文化ですから、日本は。」
「それに、西荻ってやはり年配の方や家族連れの方が多い…。ぼくらがやろうとしていたスタイルは、どちらかというと、三十代~四十代の男性か若手の方。ま、ちょっと量が多すぎるとか、みなさまからいろいろ意見もいただきまして、そこからいろいろシェフとも話しまして、『ビストロ』いうのにはこだわらずに、最終的にはこの『プティ』という名前だけにしたのは、最初のコンセプトの『来ていただいたお客様がとにかく飲食を通して楽しめる、食べることと飲むことで人生が楽しめる』というところに立ち返りまして、屋号を『ビストロ プティ』から『プティ』にしまして、今は、積極的に和のエッセンスを取り入れたり、食事もあの、こう、そんなに重くない、日本のテイストを取り入れてやっています。」
明らかにこれは、この町に数あるビストロとプティを差別化する戦略だろう。
プティをシェアスタイルのビストロからコースメニューのレストランへ。そうさせた西荻のお客たちについてうかがってみた。
「西荻のお客様は、とっても舌が肥えている方が多いのかなーというか。高級なお店から立ち飲みの居酒屋の料理までいろんなお店で食べているので、舌が肥えているのかなーと。なので、いろいろ工夫してこのお店オリジナルの料理を出していこうかな、という考えのもとでメニューをやってます。シェフとも話して、西荻のお客様は『量よりも質』を求めていらっしゃるのかなぁと。で、質を高めて、その中で、味わいの優しいものの方が西荻の方は…。素材の味がわかるものというか。キャベツだったらキャベツの味を生かしている料理がお好きなんですよね。」
再度、今月のメニューを見せていただきながら、フランス料理と和の融合について話をうかがった。
「積極的に、例えばこう、なじみのある『ぶり大根』。薬味的に花穂紫蘇ですとか木の芽とか。これもまぁ、表記はこうですが、ぶりも味をしっかりと入れて、その後でバーナーで軽くあぶるなどして。あさりの餡も、あ、下に敷いてある大根もあさりのエキスでしっかり出汁をとりまして、ゆっくりとこう、大根を煮てあさりの味をしみ込ませるという。基本、ぼくらが考えるものはフランス料理も和食も表裏一体というか。言い方を変えれば、野菜のテリーヌなんかもあれ、『煮こごり』ですし。結構アプローチも近いと思うんです。和食の最前線でやってらっしゃる方も、フランス料理でも。クラッシックな伝統を守る料理ではなくて、技法を生かしてより今の時代に合ったものを出したいと思っています。」
「和との融合というと、この『漬けまぐろのマリネ』。日本になじみの深いまぐろを醤油漬けにして、それをオリーブオイルでマリネにして、あえてソースはアポカドピューレをそえて、と思いっきりフレンチにして。あの完全に和というのではなく、ちょっとだけ和のエッセンスを入れた料理をはじめの前菜に持ってくる。最後のメインディッシュには、いちおうみなさんフランス料理を食べに来てくださっているので、ここはしっかりもうフレンチらしい、ロッシーニ風という、牛フィレのステーキにホワグラのポワレをのせてソースにはトリュフを使ったペリグーソース。これはもう、むかーしから食べられている、クラッシックな。メインではフランス料理の期待を裏切らない。で、前菜にはこう、和のテイストを取り入れながら食べきれるように。軽めに。」
中沢さんは、比較的手ごろに食べられる4000円という価格帯で充実したフルコースを作りたいと考えた。そのためには、多くの要素を考慮する必要があった。西荻のお客に対して、フルコースのフランス料理の夕食は重すぎる場合がある。しかし、足りないというのでは困る。西荻のお客に合わせて、「満足できるちょうどよい量」を「充実したメニュー」で組み立てることに苦心をしているそうだ。
「それで、全体をなるべく軽やかなタッチで、デザートまで食べきれるようにしています。それもまた、いろいろと考えた結果、コンセプトの『うちが出しているものと飲み物でその日、いい時間が過ごせてもらえたら』、特にこうジャンルにはこだわらないというか。ただ、いつでもバックグラウンドになるのはフランス料理ですね。」
では、ここで出しているフランス料理はどこで学んだのだろうか。チーフ・シェフの野添俊二さんにうかがったところ、日本のホテルやレストランで学んできたそうだ。
中沢さんは、日本における、今と昔のフランス料理の料理人達を取り巻く環境の違いを説明してくれた。
「戦後からフランス料理を切り開いてきた、第一陣の今六十代~七十代の方は、その時代はまだフランス料理がなかった。だからフランスへ渡るしかなかった。ぼくらの時代は日本にも素晴らしいお店がたくさんあるので、ま、もちろん空気感、フランス本土の空気感を味わうのはいいんですけど、ま、日本で十分学べると…。」
「ぼくはその、遊びでというか、文化を学びたいので、一週間くらい毎年、フランス全土を回ったんです。ぼくはその、ホールの仕事なので、フランスが好きで来ていただける方に、『あー、そこはそうですよね、ああ、あれは何々ですよねー。』という話をすると喜んでもらえるので。」
メニューは月替わり。その月その月で旬の食材を使う。例えば、今回話をうかがった一月は、真鱈、寒ブリ、大根など。メニューはチーフ・シェフの野添さんが決めている。野添さんがフランス料理にこだわるわけをうかがってみた。
「料理はもともと好きだったんですが、フランス料理がかっこよく見えたのがきっかけで。で、フランス料理をやっているうちに、例えば、さっき話題になった真鱈の白子の…この料理を作るのも、三日間くらいかかるんですよ。例えば出汁を一日かけてとって、それを二日間くらいかけて熟成させて、とか、その日のうちに仕上がんなかったりとか、いろんな要素が盛り込まれて完成するのがフランス料理かなーとか。イタリアンですと、パスタをこう茹でて、ソースと絡めてっていうのもおいしんですが、こう、作り込まれているフランス料理の方がぼくは楽しく感じて、フランス料理をやってきました。ま、ほんとに、変な言い方すると大変なんですが…。出汁は…日本料理もフランス料理も作り方から違いますし…。フランス料理だとソースが、例えばこの牛フィレだと、実はソースの方が高級だったりして。一番重きを置いていますね。ソースとか出汁とか。日本もそうですね、お出汁とか。」
「この柚子ソースとかも。お魚の出汁ですね、フュメ・ド・ポワソンをベースにブール・ブラン・ソースを作って、日本のかつお出汁とかも使ってるんですけど、柚子も入れて、ほんとミックスなんですけど。基本ほんと、融合ですね。」
融合。日本料理とフランス料理は相性がいいのだろうか。
「はい。それは本当にそう思いますね。ぼくはフランスで修業した経験とかないんですが、友人で、フランスでやってきて日本に帰ってきたって人とかいるんですが、フランス人に言わせると、フランスで作るからフランス料理であって、でも、そこにお醤油とか入れるんですよ。例えば。『日本のお醤油がとってもおいしい。日本であんなにおいしいお醤油があるのにどうして使わないんだ?』って言われるんですよ。日本人は、フランス料理だからお醤油は使わない、っていう概念になるんですけど、フランス人から言わせたら『なんであんなおいしいものが横にあるのに使わないんだ』って言われたそうなんです。それで、日本にいるぼくらが使わない手はないな、と。とっても相性がいいので。うちのお店の料理は今こういう感じでフュージョンさせてもらっている感じです。」
料理に合わせてワインとのペアリングコースも提供している。 中沢さんは野添さんとも話してワインのメニューを決めているそうだ。和のテイストを入れた料理となると、日本酒や日本産のワインも置いているのかをうかがった。
「日本酒も置いてます。ペアリングの中で和の融合をやっていますので、この料理には日本酒が合うという時は日本酒も置いています。」
しかし、日本産のワインは常には提供できないそうだ。というのは、品質がよく手が出る価格帯の日本産ワインを見つけることは、そう容易ではないからだ。そのため、ほとんどのワインは輸入物である。
「うちのワインはいろんな味を全部そろえています。で、行きつくところが、『専門的』なのではなく、『ここでワインを飲んだらすごく楽しかった』っていうのが…。ワインを選ぶ軸は全部料理です。ですので、メニューを見て優しい味わいのワインばっかりになるときもあれば、強い味わいのばかりになるときもあります。ですので、『なに』というのはないです。夏場でしたら軽やかな味わいのワインになりますし。暑いですから濃厚なのは飲めない…。逆に冬場でしたら濃厚なしっかりしたソースに合うのでワインも味わいがけっこうしっかりしたもの。ですので、四季、季節感を意識したワイン。それが軸です。」
今や西荻の人気店となったプティは、2016年11月にお総菜屋「プティマルシェ アトリエ」も開店させた。
しかし、働く時間は非常に長く、しばしば早朝から深夜までになるそうだ。 完全な定休日は月曜日。他、月に二回の休みを設けている。最近では二回のうちの一回は日曜日にも休む制度を導入しているそうだ。
「 どうしてもこういう仕事なので、プライベートが充実しないといい仕事ができない。飲食店というと休みが平日だけになって、どんどんどんどん世界観が狭くなっていって。なので、日曜日に休みだと、それで普段できない家族サービスだとか普段会えない知人とも会えますし。実は、去年取り入れたシステムなんです。ここは厳しくてもそうしないと。毎日長いんで。それこそ家にずーっといない。せめて日曜日、月に一回くらい休まないと、何のために仕事してるのか?と。全員休みです。」
「来ていただいたお客様がとにかく飲食を通して楽しめる、食べることと飲むことで人生が楽しめる」というコンセプトを実現するために、料理、飲み物を徹底的に考え、そして、働き方も考え、経営していることがうかがえる。
食品、シェフ、顧客が国境を越える流れの時代に、異なる国の料理の融合は決して新しい考え方ではない。パリのミシュランの星を誇るレストランのキッチンでは、フランスの高級料理に日本の味を加えている日本人シェフが多く存在している。 しかし、手ごろな値段で、かつ、和の要素を非常に高いレベルで取り入れたフランス料理を作り出すことにより、プティは西荻窪・「振興料理の町」に高いレベルで貢献していると感じる。(ファーラー、木村 3月4日2017年)